体温調節ラボ Thermoregulation Lab.
Top はじめに 発汗サーマルマネキンとは 理論式 実験レポート 冷却衣服への道 サポート 問い合わせ


冷却衣服への道


暑さ対策(猛暑対策)として、方式の異なる冷却衣服が多数販売されています。
ちなみに熱中症対策グッズと表記すると、薬機法違反(旧薬事法)となりますので、注意しましょう。

代表的な冷却衣服の性能を発汗サーマルマネキンを使用して測定した結果をまとめました。
また、性能向上には、どうすればよいか?個人的な見解を示しました。

比較対象
  ・コンプレッション下着
  ・コンプレッション下着+半袖作業服
  ・コンプレッション下着+ファン付き作業服
  ・コンプレッション下着+冷水循環服
  ・涼神服(気化熱利用服)+ファン付き作業服

・コンプレッション下着(発汗サーマルマネキン単体)
 発汗サーマルマネキンの表面には中空糸膜からの発汗を皮膚全体に広げるための吸水速乾生地を
 装着しています。脱がすことはできません。したがって、発汗サーマルマネキン単体は、
 コンプレッション下着を着た状態と定義します。

・コンプレッション下着+半袖作業服
 一般に市販されている通気性の良い半袖作業服です。冷却衣服ではありませんが、比較対象とします。

・コンプレッション下着+ファン付き作業服
 株式会社サンエス製の空調風神服に、斜めファン(RD9110H)を装着。
 12V(強)9V(中)6V(弱)の内の(強)と(弱)を比較します。

・コンプレッション下着+冷水循環服
 500mlの凍らせたペットボトルを背中の水タンクに投入し、ペットボトルと熱交換した冷水を
 パイプ(φ10mm程度)に循環させて身体を冷却する方式です。連続運転で、冷却効果が
 約2時間持続するタイプで、ペットボトル投入から1時間後のデータを計測しました。

・涼神服(気化熱利用服)+ファン付き作業服
 涼神服は中空糸膜から少量の水が染み出し、気化熱で身体を冷却する方式です。
 詳しくは株式会社サンエスの涼神服公式サイトを参照して下さい。
 パウチパックは500mlの容量があり、ポンプ流量は6段階の最大設定6(200ml/h)で試験しました。

試験結果
1、熱交換
発汗サーマルマネキン_熱交換のグラフ
熱交換は、発汗量0で冷却衣服OFFの時に(外気温度-皮膚表面温度)と風速に比例します。
マネキン皮膚温と外気温度が同じ時に熱交換が0になります。
マネキン発汗温度を37℃に設定しているので通常は36.5~37.5℃で0になりますが、
例外として涼神服では皮膚温が34.8℃になり、この温度で0になります。
外気温30℃で性能が良い製品ほど、39℃では逆に熱をもらう事になります。
39℃では半袖作業着が一番数値が良いですが、外気を断熱するとともに、
身体の放熱も妨げているので、熱交換だけでは判断できません。

2、単体冷却性能
発汗サーマルマネキンで測定した単体冷却性能グラフ
冷水循環服および涼神服以外は、単体の冷房能力はありません。
ファン付き作業服は、汗を効率良く気化させますが、
汗をかいているのは身体であって、服やファンではありません。

・冷水循環服について
 凍らせた500mlペットボトルの冷却エネルギーを計算します。
氷の融解熱=333.6kJ/kgを換算すると、500mlペットボトルでは46.3Wh。
比熱1の水が-20℃から20℃まで温度変化する時のエネルギーは、17.3Wh。
合計すると63.6Wh。2時間持続と仮定すると、半分の31.8Wが冷却能力となります。
しかし実際は、熱交換を除くと30℃時16.6W、39℃時13Wに低下しています。
利用効率は約50%です。残り半分は大気中に放熱したと考えられます。
冷水循環服は、チューブの線接触では無く、面接触を検討し、
さらに水タンクの保温性を検討する必要があります。

・気化熱利用服について
 常温の水道水500mlの気化熱を計算します。
500ml水道水の気化熱は、500ml×0.68W/ml=340Wh。
涼神服の最大流量200ml/hでは2.5時間で消費するので340/2.5=136W。
冷房能力の実測値約120Wは利用効率88%です。
残りの16W程度が大気中に発散しています。
中空糸膜から染み出した水道水は、吸水速乾生地に拡散して皮膚と面接触になります。
常温の水道水なので、温度差による大気への熱の発散が無く、利用効率が高くなっています。
水の気化熱は、氷の融解熱+温度差の2.1倍大きくエネルギー効率が優れています。

3、総合冷却性能(熱交換+単体冷却性能)
発汗サーマルマネキンで測定した総合冷却性能のグラフ
涼神服は30℃時に172Wの冷房能力があり、他製品を圧倒しています。
次に有効なのが冷水循環服です。
ファン付き作業服は、外気温が体温よりも高くなると逆効果になりますので、
外気温が36℃を越えるとファンを弱にして使用するのが正しい使い方です。

4、発汗量
発汗サーマルマネキンで測定した発汗量のグラフ
涼神服では、外気温度が高くなっても、最低発汗量の12ml/hを維持しています。
次に発汗量が少ないのは冷水循環服です。
外気温39℃において、ファン付き作業服12Vが、一番発汗量が多くなっています。

5、無効発汗(身体の冷却に寄与しない発汗)
発汗サーマルマネキンで測定した無効発汗のグラフ
涼神服は、最低発汗を維持しているため、無効発汗は0です。
次に無効発汗が少ないのはコンプレッション下着です。
ファン付き作業服は、貴重な汗の気化熱を吹き飛ばすので、
無効発汗が外気温度上昇とともに増加しています。
半袖作業着は、ダラダラと滴下する汗をかき続け、外気温度39℃では全発汗量169mlの内、
54ml(32%)を無駄に消費しています。
見た目を重視して作業服を着ていると、熱力学的には、断熱材を身に付けているような物で、
熱中症のリスクが、非常に高くなります。

6、ペルチェ素子(番外編)
 ペルチェ素子を利用した、ネッククーラーや背中に装着するタイプ、腰の左右に装着する衣服などが、
市販されています。これらの冷却性能は、バッテリーの容量と持続時間から、おおよその冷房能力を
推定することができます。
例えば18650タイプのリチウム電池3000mAh×4本を使用すると、エネルギーは約43Whです。
これを3時間で使用すると、43Wh/3h=14.3Wになります。
水冷式ペルチェ素子ではCOP(エネルギー変換効率)=0.8~1.0ですが、
空冷式ペルチェ素子ではCOP=0.5~0.7に低下します。
さらにペルチェ素子に装着した金属プレートを直接皮膚に当てる場合は効率1ですが、
布1枚を挟んで皮膚に当てる場合は、効率0.5程度になります。

私が2008年に開発した水冷式のネッククーラーでは、冷房能力は約10Wで、
安静時に外気温度35℃でも汗を止める効果が確認できました。
 某有名家電メーカーの背中に装着するタイプでは、電池容量非公開ですが、スマホ程度の大きさですから、
電池容量は10W前後と推定します。空冷式でCOP=0.6、肌着1枚挟んで効率0.5とすると、
冷房能力は10W×0.6×0.5=3W程度と推定します。

 ペルチェ素子は冷却面が冷たくなると反対面は発熱します。この発熱面の発熱量は、
   発熱量W=投入電力W+冷却能力W
となります。例えば10Wの電力を投入して5W冷却すると、反対側は15W発熱します。
水冷式であれば、ペルチェ素子から離れた場所でラジエータから放熱できますが、
空冷式では冷却ファンの放熱を妨げると服の中が異常に暑くなるという問題点があります。

 実際に腰にペルチェ素子2個を装着した冷却衣服を発汗サーマルマネキンに着せて測定してみましたが、
上記の放熱の問題なのか?それともペルチェ素子がマネキンに密着しなかったのか?
冷房能力の実測値は0でした。

 ペルチェ素子は、エアコン設定28℃でも暑く感じる人を補助する程度の冷房能力で、
ここに取り上げた冷却衣服とは別ジャンルの冷却グッズと考えた方が良いでしょう。

7、考察
 ファン付き作業服は、外気温度が36℃を超えると逆効果になりますが、1日の内で、
36℃を超える時間帯は真夏の12~15時あたりで、この間を風量弱で使用すると、
1日を通じて考えると有効性は十分にあります。
しかし、真夏の猛暑を乗り切るには、気化熱を利用するのが、合理的と考えます。