発汗サーマルマネキンに関する理論式
1、人体の体温調節の原理
図のように人体の体温調節において重要なのは、
周囲の温度・湿度条件における、
人体の
発熱、
熱交換、
有効発汗、
無効発汗 の4項目です。
熱交換とは・・・気体、液体を問わず、高温から低温へと熱が移動する現象
(流速が早いと熱交換が増加する)
気化熱とは・・・液体が気体に変化する時に周囲から吸収する熱
有効発汗とは・・・全発汗量の内、身体の冷却に有効利用された発汗
無効発汗とは・・・気化せずに滴下した発汗量と、身体の冷却に利用できず、
周囲の大気の冷却に作用した発汗量の合計
2、当社の発汗サーマルマネキンの測定項目
(1)発汗サーマルマネキンは、体温を一定に保つように加温電力や発汗量を制御しています。
(2)発汗サーマルマネキンは、加温電力や発汗量に条件(最大値、最小値など)を設定することができ、
その条件の範囲内で体温を一定に保つよう加温電力や発汗量を制御しています。
当社の発汗サーマルマネキンは、前記の重要な4項目に関連する、
①人体の
発熱=発汗サーマルマネキンの各ブロックごとの加温電力Wの合計
②発汗量=
各ブロックごとの有効発汗ml+
無効発汗mlの合計
(リアルタイムで有効発汗と無効発汗を切り分けることはできません。)
この2項目を測定しています。
この2項目以外に
③各ブロックごとの発汗量mlの気化熱換算W
④周囲温度(頭頂部の白金抵抗温度センサ使用)
⑤各ブロックごとの皮膚表面温度
それぞれを10秒間隔でリアルタイムモニタしています。
モニターした①~⑤を使用して、試験後に重要な4項目を切り分ける計算をおこないます。
3、発汗サーマルマネキンの基本式
発汗サーマルマネキンの基本式は、ざっくりと、こんな簡単な式で表すことができます。
加温電力W =
熱交換W +
有効発汗気化熱W ・・・①式
なぜ、こんな簡単な式で表せるかを説明します。
左辺は発熱で、右辺は冷却を示しています。
体温が一定の時は、発熱と冷却が釣り合っていなければならないからです。
釣り合っていなければ、体温は上昇または、降下するはずです。
(冷却衣服の効果や、それ以外の輻射熱などはどうなるのかについては、あとで説明します。)
では、発汗無しで、体温を35℃に制御すると、①式は、どうなるでしょうか?
加温電力W =
熱交換W ・・・②式
発汗を停止させると、熱交換のみを測定することができます。
(実際の実験では、一番最初に発汗サーマルマネキンが乾燥した状態で測定します。)
ここで熱交換は、次の1次関数で表すことができます。
熱交換W = (体温℃ - 外気温度℃) × 風速 × 係数 ・・・③式
風速・・・環境試験室の中央と壁ぎわでは風速が変わります。
したがって、試験終了まで発汗サーマルマネキンの位置や方向を変えてはいけません。
係数・・・衣服の形状、材質、厚さ、風通しの良さ、着せ方(重要)などで変化します。
したがって、試験終了まで衣服に触れてはいけません。
まず、外気温度30℃湿度50%の条件で、皮膚温度35℃時の熱交換を測定します。
熱交換W = (体温35℃-外気温30℃) × 風速 × 係数 ・・・A式
これで、温度差5℃における熱交換Wが測定できます。
ここで風速や係数は、未知数で構いません。
必要なのは、左辺の実測値と右辺の温度差のみです。
次に体温35℃設定で外気温度を35℃に設定すると、
実験するまでも無く、式から熱交換Wはゼロになります。
熱交換W = (体温35℃-外気温35℃) × 風速 × 係数 = 0 ・・・B式
風速や係数は、一定と見なせるので、
A式から任意の外気温度における熱交換Wを計算で求めることができます
熱交換Wが判明すると、最初の①式で
有効発汗気化熱W を求めることができます。
発汗量mlは気化熱Wに換算できます。
気化熱W = 発汗量ml × 0.678W/mlより
有効発汗量ml = 有効発汗気化熱W/0.678W/ml ・・・④式
有効発汗量が判明すれば、無効発汗量を算出できます。
無効発汗量ml = 発汗量ml -
有効発汗量ml ・・・⑤式
4、冷却衣服着用時
冷却衣服とは、身体を冷却する能力のある衣服の総称で、気化熱利用、氷の融解熱利用、ペルチェ素子利用、
ファン付きウェアなどの機能性衣服を想定しています。
では、冷却衣服を着用すると、①式は、どうなるでしょうか?
加温電力W =
熱交換W +
有効発汗気化熱W +
冷房能力W・・・⑥式
加温電力Wが①式と同じであれば、冷房能力W分だけ、有効発汗が減少します。
つまり、有効発汗気化熱の減少分が、冷房能力を表しています。
冷房能力が有効発汗気化熱よりも大きい場合は、加温電力Wが増加します。
その増加した電力も冷房能力に入ります。
(熱交換は、冷却衣服を着用させ、冷房能力0W、発汗0mlで測定しておきます。)
5、炎天下での再現
炎天下での作業を想定すると、太陽光のエネルギーは約1000W/m2ですから、無視できません。
環境試験室で再現する場合は、巨大なハロゲンランプを照射して実験をおこなう場合があります。
この場合は、照射無しと照射ありの実験をおこない、有効発汗気化熱の増加分が、
太陽の輻射熱による人体への影響と評価することができます。
備考:太陽光無しの条件でも、マネキン皮膚表面温度と環境試験室の壁面温度の差により、
輻射熱による熱の移動が発生しますが、30~40℃の狭い条件で実験をおこなう場合は、
温度差は最大5℃であり、輻射熱の影響は、無視できるレベルと考えています。
6、運動量の設定
まず、測定前に、想定する運動量を決めなければなりません。
運動量の単位にメッツ(METs)があります。
この単位は、運動量が安静時の何倍にあたるかを表すもので、
安静時=1.0METs となります。
詳細は、(独)国立健康・栄養研究所の作成した
資料を参照して下さい。
また、1METs = 50kcal/m2h = 58.2W/m2に換算できます。
成人男性の体表面積は約1.7m2ですが、
当社の上半身発汗サーマルマネキンの体表面積は、0.71m2です。(頭部、手のひらを除く)
また、メッツ数は、外気温度には無関係で、運動による体内からの発熱を表しています。
これを元に、運動量に相当する加温電力Wを計算します。
加温電力W = メッツ(METs) × 58.2W/m2 × 発汗サーマルマネキンの体表面積m2
動作モード |
METs |
上半身換算 |
全身換算 |
安静時 |
1.00 |
41.3W |
98.9W |
軽作業 |
1.75 |
72.5W |
173.2W |
重作業 |
3.63 |
150.0W |
359.2W |
この動作モードは、試験データの比較のしやすさを優先して3段階に設定したもので、
動作モードを選ぶだけで、試験を実施できます。
(メッツ表から換算して部位別にピンポイントで加温電力Wを設定することもできます。)
設定した動作モードは、冷却衣服の性能測定には影響せず、発汗量の増減となってデータに表されます。
ですから細かい数値にこだわる必要性は、ありません。
測定する衣服が、どんな用途を想定しているかによって、3つの動作モードの中から選べば良いと思います。
7、最低発汗量
成人男性では安静時でも1日あたり200~400mlの発汗があります。:書籍 体温(平田耕造先生他)のP41
1時間あたりに換算すると8.3~33.3ml/hです。
この発汗は、汗腺の機能維持や、肌のうるおいを保つ目的ではないかと推測します。
当社の発汗サーマルマネキンでは、最低発汗量を中間値12.5ml/hに設定しています。
ペットボトルキャップに水を入れると約7mlですから、1時間あたり約2杯分の発汗量です。
最低発汗量は、人体の特性を忠実に再現することを目的としていますが、
発汗サーマルマネキンのウエット状態の試験においては、
中空糸膜を乾燥させず、いつでも発汗できる状態を維持することにも役立っています。